ウェルネス産業とは

全方位をターゲットにできるウェルネスビジネス

 ビジネスシーンでは、ヘルスからウェルネスという概念で考えると、健康医療はもちろんのこと、衣・食・住といったライフスタイルの側面、文化、芸術活動、さらには地域、経済、社会、そして環境に至るまで、あらゆる分野から参入可能なテーマとなり、多業種、多職種、異業種の連携、相互交流によるサービスイノベーション創出、ニューマーケット開拓の可能性が広がっていく。人類の上位の欲求への高まりがウェルネス市場成長の大きな背景にあると考えられる。

 米国の経済学者、ポール・ゼイン・ピルツァーの著書『ウェルネス革命』が全米ビジネス書でベストセラーになったのは今から19年も前のことである。ピルツァーはウェルネス産業を従来のヘルスケア分野、すなわち疾病産業と区別し、この市場の商業的重要性を最初に提唱した一人である。書中には、健康増進分野、関連ビジネスが確実にこれからの社会や経済に根本的な革命的な変化をもたらすとの予測が記されている。ウェルネス分野が1兆ドルの産業に成長することを予測し、ほぼその通りに米国にウェルネス産業が成長してきた。

 米国政府の経済顧問でもあったピルツァーは、ビジネス視点からみればウェルネス産業とは、健康に対する「前向き」なビジネスだと語る。人々は自らすすんでウェルネスの顧客になっていくのに対して、ヘルスケア産業とは、本当のところ“疾病産業”であり、「受け身」であると断じている。ヘルスケア市場もまた巨大で有望な市場ではあるが、人々がこのビジネスの顧客になるのは、特定の症状や疾患に見舞われたり、心身に何らかの不調が現れたりしたときに限られる。本来的には、だれも顧客になどなりたがらないはずである。疾病ビジネスの顧客になりたくない人々は、より健康に、美しく、人生を豊かに彩るライフスタイル、健康を超えた概念であるウェルネスの顧客になろうとするであろう(図1)。

 コロナ禍で次世代ライフスタイルへの転換意識が世界的に高まっている時代において、ビジネスの側面からは、ウェルネスは人種、性別、宗教、言語、国家を超えて、また全世代をターゲットにできる概念である。

図1. 産業の視点からみたヘルスとウェルネスの整理

ウェルネスを求める新たな人口層の増加

 米国の社会学者ポール・レイと心理学者シェリー・アンダーソンらによる全米15万人を対象に15年間の追跡調査の結果、サステナビリティ(持続可能性)を志向し、環境と健康に配慮した消費行動を実践する新しい価値観の人口層の台頭が明らかになり、やがて米国の主要構成員になると予測している。米国民の26%(8,500万人)、EU欧州連合で35%(1億5,000万人)存在することが推計され、今後どの国々でも社会のマジョリティになっていくと予測されている。 スロー(ライフ)、エコ(環境共生)、オーガニック、ヨガ、マインドフルネス、クリーンエネルギー、地産地消、エシカル消費などを志向し、それぞれ一大市場の形成に寄与してきた人口層は、「カルチャークリエイティブ」(次世代生活創造層)と呼ばれ、2030年を達成年と定める世界共通の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals;以下SDGs)に最も感度の高い層でもある。理想論ではなく、現代社会に不可欠な経済、消費概念を伴いつつ、サステナビリティ志向とその行動実践を両立する人口層の増加は、企業の社会的責任投資(SRI)注1)やESG投資注2)と重なり、ウェルネス産業はさらなる成長トレンドに向かっている。
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注1)社会的責任投資(SRI:Socially Responsible Investment)。投資基準として従来の財務的側面だけでなく、企業として社会・倫理的な側面から見て、社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)を果たしているかといった状況も考慮して投資対象を選ぶこと。
注2)ESGは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字をとったもの。ESG投資とは環境、社会、ガバナンス(企業統治)の3つの観点から企業の将来性や持続性などを分析、評価した上で、投資先を選定する方法。

図2. 世界中で増加する新しい価値観の人口層

ウェルネス産業市場規模

 GWIによると、2013年から2017年にかけてウェルネス経済は年5.8%ずつ成長し、世界経済全体が年1.2%成長してきたのに比べ約5倍の成長率を記録してきた。2017年にはウェルネス経済の市場規模は4.3兆ドルと推計され、2019年には4.9兆ドルと、年率6.6%の成長を遂げた。一方、2020年は新型コロナの世界的感染拡大によってその成長は大きく停滞を余儀なくされ、11.0%減の4.4兆ドルとなっている。 ウェルネス経済とは、消費者がウェルネス活動やウェルネス・ライフスタイルを日常生活に取り入れることを可能にする産業と定義され、11の多様な分野を網羅している(図3)。GWI発表の2022年時点の最新の市場動向によると、上位からパーソナルケア・美容・アンチエイジング産業1兆89億ドル(≒156兆円)、健康的食事・栄養・ダイエット産業1兆79億ドル(≒155兆円)、フィットネス産業9,760億ドル(≒140兆円)、ウェルネスツーリズム産業6,510億ドル(≒94兆円)、公衆衛生・予防・パーソナライズ医療6,110億ドル(≒88兆円)、補完代替医療産業5,190億ドル(≒75兆円)、ウェルネス不動産産業3,980億ドル(≒57兆円)、メンタルウェルネス産業1,810億ドル(≒26兆円)、スパ産業1050億ドル(≒15兆円)、職場のウェルネス産業510億ドル(≒7.3兆円)、温泉・鉱泉産業460億ドル(≒6.6兆円)となっている。

図3. ウェルネス産業市場規模

ウェルネス産業の今後~アフターコロナ世界の予測~

 新型コロナ感染パンデミックが起こる前の需要水準に戻るのはいつなのか、世界の経済予測とともにウェルネス経済の将来予測も気になるところである。短期的影響として新型コロナ感染拡大で甚大な被害を受けたウェルネス産業であるが、特に世界の観光業全般が大打撃を受けるなかウェルネスツーリズム産業および関連産業としてのスパ産業、温泉・鉱泉産業は特に大きな打撃を被った(図4)。

 一報、中長期的な視点ではウェルネスの価値が改めて見直され、世界的な消費を一段と加速させていくことが予測されている。消費者は、生活のあらゆる側面、どこに住み、どのように働き、何を食べ、どのように運動を取り入れ、どのように人と付き合い、どのように旅行するかということを、一段深く考え行動するようになる時、そこに安全・安心・健康、そして生き方、人生をデザインする「ウェルネス」「ウェルビーイング」という要素が備わっていることを重視する時代が到来しようとしている。

 GWIによると、2020年から2025年までの5年間の世界経済全体の成長率予測7.3%(国際通貨基金IMF発表)に対し、世界のウェルネス市場は年平均9.9%の力強い成長を遂げることが予測されている。また、2022年の5.61兆ドルから、わずか5年後の2027年には8.47兆ドル(日本円換算1,219兆円*)へと、産業界史上稀にみる市場成長が予測されている(図5)。
*円ドル換算レートは過年度も一律に144円計算で算出(2023年12月10時点レート)

図4. コロナで被害を受けたウェルネス産業分野(GWI, 2021)

図5. ウェルネス産業分野の成長率予測(GWI, 2022)

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荒川雅志. アフターコロナの旅と健康~ウェルビーイングを達成する新しいウェルネス、ウェルネスツーリズムの定義、Precision Medicine. 6(2), 59-62 2023.
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ウェルネスとは(荒川, 2017)
*ウィキペディア「ウェルネスツーリズム」2018年9月16日WiA Akiによる投稿はこのWebページ著作権者の許可を得て投稿掲載されたものです。