ブルーゾーン沖縄健康長寿ダイエットプログラム

沖縄健康長寿ダイエットプログラムー長寿の知恵にふれる旅

琉球大学国際地域創造学部
教授 医学博士 荒川雅志

長寿の秘訣は「桶の理論」

人類の誰もが希求するテーマとは、いつまでも活き活きと健やかであること、すなわち「健康」であり、そしてその先にある「長寿」でありましょう。

世界保健機関(WHO)が発表した最新の統計(2016年度版)によると、日本人の平均寿命は83.7歳で世界一と、統計を遡ることができる20年以上前から長寿世界一の座を守り続けています。

長寿の要因はこれまで世界中の研究者が探究してきており、遺伝など先天的要因、社会環境や生活習慣などの後天的要因とのマルチプルファクター(複合要因)によるものと考えられています。

長寿は遺伝だとはよく聞くところですが、その寄与割合は後天的な社会環境要因、生活習慣要因よりも低く、居住国の経済レベル、衛生状態の改善、乳幼児死亡率の改善などの医療レベル、保健福祉サービスの向上などが長寿化に大きく貢献してきました。

長寿をもたらすライフスタイルも多要因であること、どれかひとつが重要なのではなく、どれもがバランスよく備わっていることが重要であることは「桶の理論」(Barrel Theory)に例えられます(図1)。

三大生活習慣病(悪性腫瘍、心疾患、脳血管疾患)の予防に寄与する個人の生活習慣因子には、喫煙、飲酒、運動、睡眠、そして栄養・食生活が挙げられています。こうした生活習慣は個人に選択が委ねられ、また個人の意思で変えていけるものです。長寿の鍵は、まずはなにより自分自身が握っているものといえるでしょう。

図1.「桶の理論」(Barrel Theory)
図1.「桶の理論」(Barrel Theory)

沖縄の100歳長寿者

長寿研究、とりわけ百歳を超える人々=センティナリアン(Centenarian)の研究は、一世紀を生き抜いた人々の研究として文字通り“センティナリアンスタディ”と呼ばれています。

沖縄はかつて人口十万人あたりの百歳者の数で37年連続日本一の長寿の島でありました。世界5大長寿地域として全米ベストセラーとなった著書”The Blue Zones”にも沖縄は紹介され世界でもブルーゾーン沖縄として認知されています。

長寿者の健康度と秘訣を探ろうと沖縄県ではその年に百歳を迎える全数に「新百歳者の生活および健康調査」を行っていた期間があり、筆者はその調査分析を担当していました。

調査項目は現在および過去の生活環境、生活習慣病既往、現在過去の身体活動量、運動習慣、食習慣、飲酒習慣、喫煙習慣、保健行動などライフスタイル因子、精神健康尺度などで構成した調査で、2,000名を超える百歳者データを統合分析し、沖縄長寿者の疾病と生活習慣の関連を明らかにした世界最大規模の疫学研究を手がけました(Arakawa,2005)。

沖縄男性最高齢110歳/津波蒲戸さん

沖縄県中部の読谷村に在住の津波蒲戸さんは現在110歳、沖縄男性の最高齢です。

蒲戸さんの長寿の秘訣は若い時からとにかくよく動くことでした。

仕事の行き帰りの長距離を徒歩で通勤する毎日で足腰が自然と鍛えられたことで、趣味の畑を100歳を超えても楽しむことができました。

お酒、タバコの習慣はなく、家族に囲まれのんびり過ごすユンタク(おしゃべりを楽しむ:沖縄の方言)のひとときがなによりと言います。

食欲は旺盛で何でも食べますが、特に汁物が大好きとのことです。
沖縄風みそ汁は島豆腐や豚肉、野菜など具を豊富に入れることで主菜にもなるものとして広く親しまれています。
ソーキ汁(豚のアバラ肉を煮込んだ汁物)、ティビチ汁(豚足を煮込んだ汁物)が特に好物のようで、高齢期にはタンパク質摂取を推奨する近年の研究成果と合致します。

現在の生活は朝8時に起床し、トイレ、歯磨きを自分で済ませ9時にはデイサービスに向かいます。
午前中は軽体操などレクリエーションを楽しみ、昼食、昼寝のあとは仲間たちとユンタクの時間です。
夕方には帰宅し家族団らんで夕食をとり、夜8時には就寝するという一日を過ごしています。

沖縄の長寿の諸要因

こうした健康長寿を支える要因を総括すると、亜熱帯海洋性気候に属し、年間を通し温暖であるなど地理的優位性、地域固有の食材、独特の食文化、伝統的風土の存在が顕著であることが挙げられます。

沖縄長寿者に特徴的なライフスタイルは以下にまとめられます。

食生活・食文化

  • 医食同源、薬食同源の思想
  • 伝統的調理法(ゆでこぼし、鰹だしによる低塩分化)

身体活動・運動

  • 生涯現役意識(仕事の引退年齢:過半数が70歳以降)
  • 運動習慣(温暖な気候で冬場の活動量が落ちない)
  • 社会活動の高さ(老人クラブ・地域行事の参加率)

休養・睡眠

  • 昼寝習慣(日本で唯一シエスタ文化)
  • 良質の睡眠(東京と比べ睡眠障害有症率が低い)

社会関係資本

  • ソーシャルサポート(精神的支え)
  • 模合文化(ユイマール:相互扶助)

健康長寿と食

長寿者の食生活を調査した結果では、

  • 豚肉、豆腐(島豆腐)を豊富に摂取し、筋力が衰える高齢期になっても良質なタンパク質をしっかり摂る習慣があること
  • 昆布、モズクなど海藻類も豊富に摂取しミネラルバランスが良好であること
  • 野菜を豊富に摂取すること

が特徴でした。

沖縄の農産物は、海洋性気候で海から流れてくる雨風に晒され、琉球石灰岩の土壌で育ちミネラルが豊富です。
本土に比べ紫外線の量が多い太陽のもとで育った島野菜は抗酸化力が高く、薬草、滋養強壮食材として長寿者の食卓に伝承されていました。

亜熱帯海洋性という気候特性、島嶼という固有の生物多様性環境のもとに育まれた天然素材は沖縄の大きな魅力です。

注目すべきは、こうした素材の成分分析、機能性、そして健康や美容に着目した効果が明らかにされはじめたのは、沖縄ブームが本格化した2000年代からと、つい最近であることです。
すなわち、まだまだ解明されていない素材の潜在力が潜んでいる可能性があり、今後、掘り起こされていくことが期待されます。

沖縄の食文化

沖縄独自の食文化は14世紀から15世紀にかけての琉球王国の誕生にともない形成され、現在の福建省からの職能集団“久米三六姓”の渡来や“冊封使時代”を通して中国文化の影響を受け、「医食同源」あるいは「薬食同源」の思想がしっかりと根付いてきています。

沖縄では、体にいいもの、美味しいものに出会った時に方言で「ヌチグスイ(命の薬)」と言います。
こうした沖縄独自の食文化は将来にわたって保存、普及、継承、発展させるべきものとして、筆者や食の専門家らが参画した「沖縄食文化の魅力味わい事業」(平成27年)では、琉球料理および沖縄の伝統的な食文化の定義化を試み、一定の輪郭をまとめるに至りました(図2:座長;荒川雅志、事業事務局;NPO食の風)。平成28年度には「沖縄食文化保存・普及・継承事業」が後継事業としてスタートし、文化的観点から保存のための普及および継承に向けたアクションプランを検討し、優先順位をつけて取り組んでいくこととなっています。

図2.琉球料理+要素ごとの特徴=沖縄の食文化


図2.琉球料理+要素ごとの特徴=沖縄の食文化

沖縄食文化の定義化・琉球料理の定義化に沖縄県として初の取り組み(平成27年度)
沖縄食文化保存・普及・継承事業検討委員会

荒川 雅志  ◎座長琉球大学観光産業科学部教授
金城 須美子琉球大学名誉教授
下地 洋子沖縄県栄養士会会長
鈴木 洋一沖縄県飲食業生活衛生同業組合理事長
安次富 順子沖縄調理師専門学校校長
松本 嘉代子松本料理学院学院長
大城 壮彦沖縄県文化観光スポーツ部統括監
瀬長 澄子JAおきなわ女性部経営管理委

健康長寿ダイエットレシピの開発

琉球大学ウェルネス研究分野とNPO法人食の風では、沖縄県産食材の流通促進、6次産業の振興、そして沖縄の健康長寿復活に寄与する啓発活動の一環として、沖縄島食材を使っての『健康長寿ダイエットレシピ』共同開発を行いました。

主な特徴は、

  1. 沖縄の伝統島野菜28種類を多く採用
  2. 沖縄の海産物、海藻類を多く採用
  3. 沖縄の食文化、伝統的調理法を採用
  4. 適正カロリー(総カロリーが600kcal未満)
  5. 低塩分(2.5g未満)
    ダイエットレシピ監修:琉球大学荒川雅志

とヘルシーでありながら、美味しく色鮮やかに見た目も楽しめるシリーズとなっています。管理栄養士によるレシピの開発、カロリー計算、試作試食を重ね、第一弾として、主食6種類、副菜6種類、副々菜6種類の計18通りのレシピが完成しました。

健康長寿の知恵に触れる旅で長寿復権へ

近年、沖縄が長寿から転落していることは報道等でよく知られるようになりました。一方で、厚生労働省発表の都道府県別平均余命では、沖縄県の75歳以上高齢者は男女とも依然として日本一をキープしています。65歳以上高齢者の平均余命でも男性は第2位に甘んじていますが女性は第1位です。世界一長寿地域を達成した生活様式は高齢世代ではしっかりと受け継がれ、健康資源もそう変わらず「ここに在る」のではないでしょうか?。欧米型食文化に幼少青年期に強くさらされた中年世代、沖縄の伝統的食文化を継承する意識が薄まった若年世代の健康が脅かされ長寿県を転落した沖縄の実態が浮かびあがります。
“ダイエット”の本来の意味とは、単に体重減量することではありません。ダイエットの語源である古代ギリシア語のディアイタ(diaita;生活様式、生き方)に由来する考え方をもとに、我々は沖縄の島食材、食文化を通した食養生、正しい生活様式を伝えることを目的に、その結果として健康長寿沖縄の復権を目指すものです。
沖縄の地に息づく健康長寿の資源と長寿者の知恵。世界5大長寿地域ブルーゾーンとして、かつて世界一を達成した資源に出会う機会を新しい観光を通して提供することができないだろうか。県外や海外の方々はもちろんのこと、沖縄の人々も身近にある価値を再発見し、見直す機会となる、このような旅を提案しています。

“ブルーゾーン沖縄健康長寿ダイエットプログラム”
―生体リズム調整の観点と沖縄資源の融合による滞在プログラム―

沖縄では慌ただしく時間に追われることなく、日が昇れば活動し、日が落ちたら体を休めるというように、自然のリズムに逆らわない暮らしがいまだに健在です。ありのままの自然に身を委ね、地域の伝統的な行事や模合に象徴される会合は盛んで、ソーシャルネットワークに支えられ、ストレスが少なく人々は活き活きとしています。
ここに海洋性の食材を現代風にアレンジして魅力ある美と健康の食養生法(スパキュイジーヌ)や、健康長寿者のライフスタイル、知恵といった資源を活かし、沖縄の伝統文化(琉球舞踊、沖縄空手)と健康を融合したウェルネスツーリズムを開発しています。
沖縄健康長寿ダイエットプログラムで構成する1日のモデルを以下に示しました。

  1. 朝: *朝の光を浴び生体リズムを整えるビーチウォーキング
    (*選択)*海風を浴びながらのビーチヨガ呼吸法レッスン
  2. 朝食:島野菜と果物の沖縄デトックススムージー
  3. 午前:*海岸地形を活かしたノルディックウォーキング
    (*選択)*雨天でも可能なタラソアクアフィットネス
    *伝統文化芸能アクティビティ(琉球舞踊フィットネス、沖縄空手エクササイズ)
  4. 昼食:琉球アーユルヴェーダ創作料理
  5. 午後:観光地巡り(地域散策)や琉球文化の創作的アクティビティ
  6. 夕食:沖縄海洋性食材を中心とした健康長寿ダイエットレシピ
  7. 夜: スパや温泉でリラックス
    (ぬるめの温度によるスパ・温泉入浴によって深部体温を緩やかに上昇させる結果、就床時の体温下降を急激にし、入眠潜時の短縮や深い睡眠を促す。ぬるめのお湯は副交感神経を優位にさせ、心身のリラックスをもたらす)

旅本来の特性である楽しみの要素を損なわぬよう、プログラムを詰め込みすぎず、夜の過ごし方やアルコールの嗜みには柔軟性を持たせることが肝要です。その代わりに朝の過ごし方に重点を置き、生体リズム調整を図る朝のプログラムを起点とした滞在メニュー構成が実行しやすいでしょう。目覚めてすぐ太陽の光を浴びることで体内時計の調整を促進します。あわせて朝の軽い運動は体温を緩やかに上昇させ、生体リズムを活性化させるのに効果的です。体温も上がり代謝機能も高まる午前中は、比較的高強度のアクティビティを組み、午後はゆったりとした時間の過ごし方とします。保養地の豊かな自然環境を活かして生体リズムに働きかける仕組みを意識的に心がけ、適切なタイミングで旅程に組み込むことによって、24時間社会で現代人の乱れた体内時計のリセットに寄与する旅ともなります。

健康長寿ツーリズム

長寿世界一をかつて達成した沖縄は、ウェルネスツーリズムに最適な健康資源あふれる地です。このような健康資源に、企業や現代社会が抱える課題解決の資源としての新しい価値を見出すことができます。沖縄本島南部に位置する南城市には、琉球王国時代の最高の聖地とされる世界遺産「斎場御嶽(せーふぁうたき)」や、琉球の創世神が天から降臨した神の島「久高島」がありますが、こうした精神風土、文化をも健康資源と捉えて、メンタルヘルスや企業社員の生産性向上に活かす独創的なウェルネスツーリズムを南城市(イーストホームタウン沖縄)との連携で開発しています。精神文化資源に触れ心身ともにリフレッシュするとともに、日常とは違う環境に身を置き、違った視点から自分自身や身の周りの環境を見つめ直す「原点回帰」プログラムを提供して、沖縄の新たな価値を発信しています(図3)。

図3. 左:坐禅 右:朝ヨガ

健康ニーズが高まる社会背景、旅行者ニーズ多様化とともに、ホスト住民が期待する地域活性観光まちづくりの新たな切り口、さらには、国家戦略における次世代ヘルスケア産業としての期待、新たな保健指導としての期待を担うウェルネスツーリズムは、海外での認識とは異質のものであり、いわば日本独自のウェルネスツーリズムともいえるでしょう。世界的な健康志向の高まりとともに、健康長寿資源が日本の観光の大きな誘引力になる時代がまもなく到来することでしょう。

参考文献

  • 平成28年版沖縄食材図鑑, NPO法人食の風、沖縄奄美スローフード協会、琉球大学ウェルネス研究プラットホーム
  • Arakawa M, et al(2005). Hypertension and Stroke in Centenarians, Okinawa, Japan. Cerebrovasc Dis. 20: pp233-238
  • Arakawa M, et al(2015). Health Tourism in Japan. 3rd Annual Conference Proceedings Asia Pacific Chapter, Travel and Tourism Research Association (TTRA), pp100-101
  • 荒川雅志(2010). 高齢者のライススタイルと睡眠, アンチエイジング医学, 6(2):pp38-41
  • 荒川雅志. 平成21-23年度文部科学研究費若手研究(B)「百歳超高齢者の身体的、体力医学的特性と健康に関する研究」