コーヒーの健康効果からウェルネスへ

国立大学法人琉球大学
国際地域創造学部
ウェルネス研究分野

ブルーゾーン沖縄研究センター
教授 医学博士
荒川雅志

コーヒーの健康効果

 コーヒーの健康効果、疾患の予防や改善に関する医学研究は世界中で取り組まれている。エビデンスの分類において上位とされる無作為割付比較試験(RCT)のメタアナリシス、システマティックレビューも多数みられ、その結果は概ね健康に寄与するといえる効果が報告されているが、個々の疾患ベースで全て明らかにされているわけではない。

 厚生労働省研究班による多目的コホート研究(JPHC研究)では、コーヒーをよく飲んでいる人で肝がんの発生率が低いことがJournal of the National Cancer Institute 2005年2月号に掲載されている。全国40~69歳の男女約9万人を10年間追跡調査した結果、期間中334名が肝がんを発症、調査開始時のコーヒー摂取頻度により6つのグループに分けその後の肝がんの発生率を比較した結果、コーヒーをほとんど飲まない人を1とした場合、毎日5杯以上飲む人で0.24、ほとんど毎日飲む人で0.49と発症率が統計学的に有意に低いことが認められた。また糖尿病との関係では、ほとんど飲まない人を1とした場合、1日1~2杯飲む男性で0.84、1日5杯以上飲む女性で0.40と発症率が統計学的に有意に低いことが認められた(Endocrine Journal, 2009(6)56, 459-468)。英国サウサンプトン大学による世界最大の包括的レビューでは、201メタ分析を67の疾病や血圧などの事象に分けて解析した結果、糖尿病、肝臓病、パーキンソン病はコーヒーを飲むことで予防的効果があることが示唆されている。

 厚生労働省所管の国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所では、「健康食品に係る制度のあり方に関する検討会」(2004年)を経て、食品の機能について信頼できる正しい情報を提供する、食品の機能の表示の信頼性を高める『「健康食品」の安全性・有効性情報』を公式サイトにて公開している(https://hfnet.nibiohn.go.jp/)。

 同サイトの解説によると、「Coffee[英]/[学名]Coffea arabica L.」とは、エチオピアを原産とするアカネ科の植物でアフリカおよび東南アジアからマレーシア熱帯地域に分布、花期は周年で、白色の花をつけ、果実は緑色から熟すと濃赤色になる。

 成熟果実を採取して果肉を除き、種子の内皮、種皮を除いて焙煎し煮出したものを飲用する。主にカフェイン、ポリフェノール等を含み、10世紀頃からアラブ地方で薬用として用いられ、眠気覚まし等に利用されてきた。現代では嗜好飲料として世界中で飲用され、自律神経系への機能性や抗酸化能など様々な研究から幾つかの疾患の改善や予防に有効であることを記載しているが、エビデンスへの言及には慎重で、適切に摂取する場合はおそらく安全であるが、カフェインを含むため過剰量の摂取には危険性を示唆している。
 コーヒーの健康効果を問われた際の望ましい回答とは、コーヒーが健康に良いということは概ね示唆されるが、個別疾患、属性(人種、性、年齢層ほか)で違いがあることを前提とすること、現代においてはあくまで「嗜好品」であり、嗜好品に求められる限度を理解して楽しむべきものといえるであろう。

世界のコーヒー産地・生産量

©2023 琉球大学国際地域創造学部ウェルネス研究分野&ブルーゾーン沖縄研究センター All Rights Reserved.

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 世界のコーヒー産地、生産量は毎年変動があるなかで中南米、アフリカが上位を独占していたが、近年ではアジア地域の生産量が増加してきている。世界第1位ブラジル(299万トン)、第2位ベトナム(184万トン)の安定上位に次いで第3位にコロンビアを抜いてインドネシア(76万トン)が入ってきた。アジア国では第9位インド(33万トン)、第13位ラオス(16万トン)、第15位中国(10万トン)と続き、いずれも生産量は増加傾向にある。なお日本人には「コナコーヒー」として人気のあるハワイ(米国)は2023年1月発表データでは2千トンと、第51位に位置する。

沖縄とコーヒー

 世界の主要なコーヒー産地は赤道北緯南緯25度内のいわゆる「コーヒーベルト」に位置するが、沖縄はそのコーヒーベルトに入っている(正確には石垣島以南から)。日本はコーヒーが採れないというのがまだ一般的認識であり、対して実際に沖縄全土で40農家ほどがコーヒーを栽培し、収穫できている事実が知れ渡れば世界に対してインパクトがある。

 沖縄が世界から注目される期待は高まるが、生産供給面では厳しいものがある。国際連合食糧農業機関による生産量世界ランキングの最新(2023年1月)では、第1位ブラジル299万トン、第2位ベトナム184万トン、第3位インドネシア76万トン。近年はアジアの生産量が高まっているのに対し沖縄はわずか4トン程度と推定されている(一般社団法人沖縄コーヒー協会調べ)。沖縄島全体をコーヒー畑にしたとしても到底追いつかない。味、品質の良さで勝負する以前に、生産量が圧倒的に少ないという希少価値から、現在、沖縄産コーヒー1杯の値段は非常に高い傾向にある。
 一方で、悲観することはない。コーヒーが提供する最大価値とはなにか?

コーヒーはウェルネス

 ウェルネスとは「身体の健康、精神の健康、環境の健康、社会的健康を基盤に、豊かな人生をデザインしていく・自己実現」(荒川,2017)であるが、世界中の人々にとって豊かな人生にコーヒーのある生活がある。
 コーヒーの起源といわれるエチオピアでは、「コーヒー・セレモニー」と呼ばれる伝統的な儀式がある。家族、友人で3杯ずつ飲む儀式で、1杯目を飲む間は軽い話題、2杯目は家族の話題、そして3杯目は仕事など真面目な話題について語り合うのだという。代々受け継がれてきた、感謝ともてなしの精神を表すもので、そこにコーヒーは人々の”つながり”を生み、人生、生き甲斐、日々のライフスタイルに寄り添うアイテムとして、そして文化として根付いているものなのである。

 沖縄でコーヒー店を営みたい移住者は増え、焙煎世界大会2位を獲得した県出身者も誕生、国内では沖縄はコーヒーの聖地となりつつある。沖縄が目指すべきは、コーヒーを囲むスローで豊かな時間、つながりを生む、島全体がウェルネスサードプレイス(第3の場)という価値創造なのではないか。自然、人、コミュニティの持続可能性を、人生、生き甲斐を、生き方の多様性を、ここ沖縄で様々なコーヒーを囲んでこそ深く語り合えるのだ。アフターコロナの新たなコーヒー文化の発信拠点、沖縄コーヒーツーリズムがここに必ず成立する。

 琉球大学ウェルネス研究分野が目指すのは、健康のその先へ。「コーヒーとウェルネス」として、コーヒーがもたらすスローで豊かな時間、家族、友人知人との団欒、コーヒーのある生活、豊かな人生、輝く人生、生き甲斐に向かって没頭している、熱中している、人それぞれの自己実現の過程のなかに寄り添うアイテムとしてのコーヒーにまつわるウェルネスライフスタイル実践研究や、品質にこだわる生産者と丁寧につながる地域づくりを産学官で実現していく。
 世界中のコーヒーが沖縄に集結、生産者、焙煎家、珈琲店、コーヒーを愛する人々がコーヒーを囲んでスローな時間と今、これからの生き方働き方、生きがいを語り合う、そのようなウェルネスサードプレイスは平和を語り合う空間を生み出す「ピースアイランド沖縄」こそが沖縄の真の価値提供、価値創造と考える。

*当記事の引用は自由ですが、必ず当公式サイト名「琉球大学ウェルネス研究分野&ブルーゾーン沖縄研究センター」およびURLを典拠として記載ください。

参考
沖縄タイムス コラム「唐獅子」荒川雅志 (2023年1月13日~6月30日隔週金曜日連載)「コーヒーアイランド沖縄」


琉球大学ウェルネス研究分野&ブルーゾーン沖縄研究センター
文系総合研究棟601-1室(産官学連携共同利用プロジェクト室)
コーヒーライブラリー・沖縄産コーヒーの木の様子