ウェルネスとはなにか
ウェルネスとは、健康を身体の側面だけでなくより広義に総合的に捉えた概念で、米国のハルバート・ダン医師が『輝くように生き生きしている状態(1961)』と提唱したのが最初の定義です。
その後、世界中の研究者らがウェルネスの解釈と追定義を重ね、人種、民族、国家、性別、性的指向、宗教、言語の違い、見地からの様々な解釈があります。
また、社会情勢、時代によって人々のライフスタイルと価値観も変容していくなかでその概念も変化しています。
近年の定義には2015年、グローバルウェルネスインスティチュート(Global wellness Institute:GWI)が「wellness as the active pursuit of activities, choices and lifestyles that lead to a state of holistic health」、最新の定義として琉球大学の荒川は「身体の健康、精神の健康、環境の健康、社会的健康を基盤にして、豊かな人生をデザインしていく、自己実現(2017年)」が提唱されています*1*2。
*1 荒川雅志(2017). ウェルネスツーリズム~サードプレイスへの旅, フレグランスジャーナル社
*2英訳発表(Arakawa,2019) the latest definition put forward by Arakawa from the University of the Ryukyus (Japan) being that Wellness is “designing a rich life on the basis of physical health, mental health, environmental health, and social health, to achieve self-actualization.”
ウェルネスとヘルス(健康)の違い
今、世界中で“ウェルネス”が時代の上位価値として浮上してきています。
ここで、ウェルネスとヘルス(健康)とはどう違うのでしょうか。
ウェルネスとは、「元気」や「爽快」を意味する英語「well」で、「病気」を意味する「illness」とは対照的な言葉です。病気ではない「状態」を「健康」(ヘルス)と表現してきたのが一般的であるのに対し、健康は手段・基盤であり、豊かな人生、輝く人生を目指している過程こそもウェルネスであり、より広い健康観を超えた「生き方」「ライフスタイルデザイン」、そして「自己実現」を表しているものがウェルネスと我々は最新の定義を提唱しています(図1、荒川)。健康との違い、「健康」と「ウェルネス」の関係性を示した最新の定義となります。

ウェルネスツーリズム~サードプレイスへの旅~
荒川 雅志 著 NPO日本スパ振興協会 編著 「フレグランスジャーナル社(2017)」より
マズローの欲求階層説を利用してヘルス(健康)とウェルネスの位置づけを説明すれば(図2)、健康への欲求とは、安全と安心の欲求に属する低次の「基盤的な欲求」にあたるものといえます。
一方、ウェルネスとは、基盤的な欲求の要素も包含しつつ、より上位の欲求、「自己実現」の欲求を目指すものといえるでしょう。
先進諸国の多くは治安、衛生環境、医療インフラが整い、マズローの5段階説でいう基盤欲求はすでに満たされつつあり、高次の欲求である承認の欲求、そして自己実現欲求に向かっています。心身の健康は基盤であり、その健康を基盤として豊かな人生、輝く人生が目的、ゴールでありウェルネスであります。
自己実現に向けて何かに没頭する、生き甲斐を見つけ熱中している時も輝く人生の只中でありウェルネスといえます。健康を気にする暇などないほうが、昨今の健康ブームで煽られる消費者よりもむしろ健全でしょう。人類の上位の欲求への高まりがウェルネスへの欲求を広げていき、近年のウェルネス市場成長の大きな背景にあると考えられます。

ウェルネスツーリズム~サードプレイスへの旅~
荒川 雅志 著 NPO日本スパ振興協会 編著 「フレグランスジャーナル社(2017)」より
産業から見たヘルスとウェルネス
ヘルス(健康)と聞いたとき、多くの人々は肉体あるいは精神的な側面に目を向け、健康診断の結果など、医学的、定量的な物差しにより不健康、健康と決めていることが多いでしょう。診断基準、物差しが変われば、これまで健康とされてきた人が不健康とされる事態も過去には起こってきたのです。
産業の視点からのヘルスとウェルネスの整理をすれば、ヘルスとは実のところは“疾病産業”であり「受け身」です。人々がこのビジネスの顧客になるのは、特定の症状や疾患に見舞われたり、身体に何らかの反応が現れたりしたときに限られます。本来的には、誰も顧客になどなりたがらないはずなのです。
これに対して、健康に対する前向きなビジネスがウェルネス産業です。『健康を基盤に、より健康に、美しく、輝く人生を志向している状態』がウェルネスであります(荒川2017)。何かに没頭する、熱中する、生き甲斐を見つけている時、人々は、ヘルス(健康)を気にかける意識などないでしょう(図3)。

ウェルネスツーリズム~サードプレイスへの旅~
荒川 雅志 著 NPO日本スパ振興協会 編著 「フレグランスジャーナル社(2017)」より
成長するウェルネス産業市場
医療界や健康、体力づくりの分野からの研究や普及啓発が主だったのに対し、近年ではSPA産業、美容業界、飲食業界、観光業界をはじめあらゆる産業分野から注目が高まってきています。米国政府の経済顧問でもあった経済学者ポール・ゼイン・ピルツァーは、ウェルネス産業とは「前向き」なビジネスだと語ります。ヘルス(ケア)産業とは、巨大で有望な市場ではあるが、健康課題に敏感なシニア・高齢者層を中心顧客とした「受け身」産業であるのに対し、より健康で美しく、人生を豊かに彩るライフスタイルを目指す世界的潮流にあるウェルネスは、人種、性別、宗教、言語、国家を超えて、また全世代をターゲットにできる概念です。
米国の心理学者ポール・レイらによる全米15万人を対象に15年間の追跡調査の結果、サステナビリティ(持続可能性)志向で環境と健康に配慮した消費行動を実践する新しい人口層の台頭が明らかになり、やがて社会の主要構成員になっていくと予測しています。米国民の26%(8,500万人)、EU(欧州連合)で35%(1億5,000万人)存在することが推計されています。スロー(ライフ)、エコ(環境共生)、オーガニック、ヨガやマインドフルネス、クリーンエネルギー、地産地消、エシカル消費などを志向し一大市場を形成してきた人口層は、世界共通の持続可能な開発目標SDGsに最も感度の高い層でもあります。理想論でなく、現代社会に不可欠な経済、消費概念を伴いつつ、サステナビリティ志向とその行動実践を両立する人口層の増加は、企業の社会的責任投資(SRI)やESG投資とも重なり、ウェルネス産業は大きな成長トレンドに向かっています。
物質的豊かさから精神的豊かさへ、自己実現の欲求に向かっていく人類は、より健康に、美しく、環境の一部である内なる健康環境づくりと外なる自然環境の健康づくりを志向し、人生を豊かに彩るライフスタイル、健康観を超えたウェルネスの顧客になろうとするでしょう。
世界ウェルネス機構(GWI)によると、ウェルネス市場はヘルスケア市場、クリーンエネルギー市場等を包含し、4.4兆ドル(≒484兆円)と極めて巨大となっています(2020年)。消費者がウェルネス活動やウェルネス・ライフスタイルを日常生活に取り入れることを可能にする産業と定義され、11の多様な分野を網羅しています(図4)。市場規模の大きさからみると、パーソナルケア・美容・アンチエイジング産業9,552億ドル(≒105兆円)、健康的食事・栄養・ダイエット産業9,455億ドル(≒104兆円)、フィットネス産業7,381億ドル(≒81兆円)、ウェルネスツーリズム産業4,357億ドル(≒48兆円)、補完代替医療産業4,127億ドル(≒45兆円)、公衆衛生・予防・パーソナライズ医療3,754億ドル(≒41兆円)、ウェルネス不動産産業2,751億ドル(≒30兆円)、メンタルウェルネス産業1,312億ドル(≒14兆円)、スパ産業680億ドル(≒7.5兆円)、職場のウェルネス産業485億ドル(≒5.3兆円)、温泉・鉱泉産業391億ドル(≒4.3兆円)となっています。

荒川(2020) 成長するウェルネス産業市場, 商工金融70(5), 54-57
荒川.「ウェルネスとは何か?」ダイアモンドドラックストア, Vol.85, 2018
ウェルネスツーリズム~サードプレイスへの旅~
荒川 雅志 著 NPO日本スパ振興協会 編著
フレグランスジャーナル社(2017)を基に最新値に改訂
ウェルネスという概念で考えると、健康・医療はもちろんのこと、衣・食・住といったライフスタイル産業、さらには経済社会のウェルネス、文化的活動、環境のウェルネスに至るまで、あらゆる分野から参入可能なテーマとなります。
ツーリズム業界でも、世界中の名だたるホテルがこの魅力的なキーワード、“ウェルネス”を新しいビジネステーマ、ビジネスチャンスと捉え、ウェルネスを前面に打ち出したメニュー開発、サービスを提供しはじめています。世界初のWELL認証*ホテルは日本に誕生したようである(*WELL;省エネや人々の健康とウェルネスに焦点を合わせた建築や都市に関する認証制度)。多業種、多職種、異業種の連携、相互交流によるサービスイノベーション創出、ニューマーケット開拓の可能性がウェルネスには広がっているのです。
新しい健康観、新しいウェルネスの定義
ウェルネスとは、社会情勢、時代によって人々のライフスタイルと価値観も変容していくなかでその概念も変化していくものであります。
次代のライフスタイル産業を研究する私たちは、多様な志向層、多様なプレーヤーが参画できるウェルネス産業の幕開けにふさわしい「新たなウェルネスの輪郭」を提案したいと考えました。
最初の提唱者ハルバート・ダン以降の多くの提唱、もっとも近年の定義にはグローバルウェルネスインスティチュート(Global wellness Institute:GWI)の「身体的、精神的、そして社会的に健康で安心な状態」があります。
これらを参考に私たちは、『身体の健康、精神の健康、環境の健康、社会的健康を基盤にして、豊かな人生をデザインしていく、自己実現(2017年、荒川)』(the latest definition put forward by Arakawa from the University of the Ryukyus (Japan) being that Wellness is “designing a rich life on the basis of physical health, mental health, environmental health, and social health, to achieve self-actualization.” )いう、世界で最も新しいウェルネスの定義を提唱しています。
狭義の健康観に囚われず、医学的診断の結果に一喜一憂することなく、個々の身体的、精神的状態のみでなく、社会的、周辺環境との良好な関係を含めて総合的に捉えること、その健康は「基盤」として、輝く人生に人生を豊かに彩るライフスタイルを送る、デザインすること、そして自己実現を志向している状態こそがウェルネスであり(図5)、広義の健康観を超えた新しい概念です。

ウェルネスツーリズム~サードプレイスへの旅~
荒川 雅志 著 NPO日本スパ振興協会 編著 「フレグランスジャーナル社(2017)」より
- 「身体の健康、精神の健康、環境の健康、社会的健康を基盤にして、豊かな人生をデザインしていく、自己実現」(2017年、荒川)
- 「より健康に、美しく、人生を豊かに彩るライフスタイルをデザインしている、新しい健康観」
■新しいウェルネスの定義発表文献
荒川雅志.NPO日本スパ振興協会編著. ウェルネスツーリズム~サードプレイスへの旅~, フレグランスジャーナル社, 2017
荒川雅志. Precision medicine, 3(10) 905-910, 2020
荒川雅志.商工金融 70(5) 54-57, 2020
荒川雅志.南方資源利用技術研究会誌, 第34巻1号 1-6, 2019
文部科学省科学研究費基盤研究(C)「次世代ヘルスケアとしてのヘルスツーリズム研究」2017ー2019年、代表者: 荒川雅志
文部科学省科学研究費基盤研究(C)「ウェルネスツーリズムの学術基盤構築に関する研究」2020-2023年、代表者:荒川雅志
Arakawa M, et al. 3rd Annual Conference Proceedings Asia Pacific Chapter, Travel and Tourism Research Association(TTRA),100-101 2015
ほか
ウェルネス海外講演(2019)上海、重慶、海南島(中国)、ソウル(韓国)、ハワイ(米国)、ペナン(マレーシア)
ウェルネスとは(荒川, 2017)
*ウィキペディア「ウェルネスツーリズム」2018年9月16日WiA Akiによる投稿はこのWebページ著作権者の許可を得て投稿掲載されたものです。